新型コロナウィルス感染症対策についてのメッセージ
学校法人昌平黌で学ぶ皆さんへ
東日本国際大学 健康社会戦略研究所 所長・客員教授
地域医療連携推進法人 医療戦略研究所 所長代表理事
石井 正三
WHOが今回武漢から拡大した新型コロナウィルス感染症について、パンデミックの状態であることを本日確認し宣言しました。遅きに失したとはいえ、しないより良いことです。
世界的に国境を超えた移動を制限したり、イヴェントを控えたりする動きは、既に世界的に広がっていて、日本でもそれらに加えて、義務教育を一時的に前倒しして春休みに入る要請が政府から出されています。
武漢肺炎とも呼ばれているCOVID19による症状は、数日続く一般的な風邪症状に始まり、それが遷延化して翌週位に発熱があって肺炎に至ると重症化していく、とされています。現在までに明らかになっている情報からすれば、80%位は軽症で、何の症状も示さない不顕性感染で過ぎている方が圧倒的に多いようです。従って、厚生労働省の指針でも、軽症の方は自宅待機を原則としていて、37.5℃を超える発熱が4日以上続いて呼吸器症状を伴う場合などに医療へのアクセスを考えるとされています。
専門家の中にも、PCR法による検査を重要視する意見もありますが、指定感染症と指定されている本疾患の場合、診断が確定されれば入院することが原則になります。軽症者でも多く診断が確定されて病室を埋めていくと、他の病気の方の治療の余地も少なくなりますし、何よりこの武漢ウィルスによる重傷者の治療が困難になってしまうと、致命率が大幅に増えてしまいます。なぜなら、直接的な治療法は未だないものの、いくつかの治療薬の可能性は検討されていますし、呼吸循環を支える様々な医療的方法はあります。伝染を防ぐ目的で陰圧管理の病室を用意して集中治療を行なうことは、重症化した場合、極めて大切です。地域における医療の資源も、おびただしい軽症者対応に追われて必要な患者さんに充分な医療を行う事ができなくなれば、地域医療の崩壊を招いてしまいます。これは、社会活動の崩壊にも直結して、アウトブレイクと呼ばれるような災害事象つまり社会崩壊の惨状に繋がってしまいます。これをなんとしても避ける必要があります。
検査手技に関しても、それに伴う医療関係者への感染リスクなども考慮して、万全の態勢で臨む必要があります。現状でのPCR法による検査は、完璧に行われても診断までの手技に手順と時間を要し、しかもその正答率が必ずしも十分でないのは、報道でも見聞きされている通りです。従って何よりも大切なのは、臨床症状になります。そして症状に基づく医師の判断と保健所による行政的判断を待って、秩序立った受療行動を心がける事が、有限な地域医療を守る最上の方法です。それが必要な医療を求めている他の人を救うことになりますし、万が一、自分がその対象になった時にも即応した対応で治療を受けられる安全に直結します。
さて、私たちが日々の暮らしで何に気をつけたら良いかということについては、既に報道でも連日触れられているでしょう。気をつけておきたいのは、ウィルスが体内で一気に増殖して感染が成立した状況では、呼吸器症状とその飛沫感染がメインではあっても、ウィルスが全身に及んでいるということです。先日も髄膜炎にまで進行したと診断された症例が報道されました。そのほかにも、鼻や口そして眼の粘膜を通した感染が起こり得ます。また、消化器症状がある場合には、トイレなどを通した接触感染もあります。したがって、手の清潔を維持することは、手すりやドアノブの清潔を保つことと同程度に重要になります。
そこで、もうひとつ思い出してほしいのが、5Sという概念です。
5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・躾(しつけ)のローマ字の頭文字です。これは、主に職場の抱える課題を解決するための改善活動として日本で発達してきました。5Sの実践によって仕事の質を高め、チーム力を高めることができるとして多くの職種で導入されています。これを途上国支援の方法論の一つとして拡める試みも、既に日本のODAの枠組みなどで行われています。清潔な水に恵まれず、充分な機材や薬剤が得にくい環境においても、有効性が報告されています。健康支援のツールとして応用することがハーバード大学公衆衛生大学院において、研究されている実績もあります。
日本においては、家庭の台所で消毒された水道水がいつでも使用でき、台布巾と雑巾を区分けして清潔を保つ、そういう生活習慣を改めて見直して学び直し、自分の生活周辺から危険な要素を最小化して安全な家庭生活を維持するといった基本に立ち返るのは、災害事象に直面した私たちが最も基本的な対応として、考え行動する必要があります。その延長線上で、学びの場としての大学の公共空間でいかに振る舞うかも問われています。一人一人が問題意識を共有して行動し、この災害事象を個人もコミュニティも一緒になってできるだけ安全に乗り切るのです。そのためには疑問を率直にぶつけ、論議することも極めて有効です。いわき市は東日本大震災と原発事故という人類史上初めての複合災害事象に直面して、それを踏まえた上で現在の街づくりを実践している地域なのです。
ピンチは最大のチャンスでもあります。このような災害事象に直面したときにこそ、これまでの延長線上の行動に漫然と走ったり、逆上したりするだけでは問題が解決できません。一人一人が深く考えて、チームとして賢く行動するというソリューションを探ることで、人生を通して有効となる本当の知恵を手に入れることができるのです。
【石井 正三(いしい・まさみ)先生 プロフィール】
東日本国際大学健康社会戦略研究所所長・客員教授。
医療法人社団正風会石井脳神経外科・眼科病院理事長、地域医療連携推進法人医療戦略研究所 所長代表理事。
いわき市出身。弘前大学大学院医学研究科修了。医学博士。いわき市医師会会長、福島県医師会副会長、日本医師会常任理事、世界医師会副議長、世界医師会財務担当理事を歴任。ハーバード大学公衆衛生大学院国際保健武見プログラム「名誉武見フェロー」、藍綬褒章受章、日本医師会最高優功賞受賞、総務大臣感謝状拝受。69歳。